大工です、人は見かけによりません


by dczdblrkqp
 2日午後1時35分ごろ、東京都文京区本駒込の日本医師会で、50代の男性職員が送られてきた花束のラッピングを開封したところ、突然出火、床などが焼けた。けが人はなかった。警視庁駒込署が詳しい経緯を調べている。

 日本医師会をめぐっては、1日に会長選が行われ、親民主党の茨城県医師会長の原中勝征氏(69)が初当選を果たした。

【関連記事】
名古屋のイベント関連会社で火災 火薬に着火か、2人重傷
露ナイトクラブ火災の死者121人に
「座敷わらしの宿」全焼 「全員無事だったのはわらしのおかげかも」
ホテル火災、230人避難 新潟、3人を病院に搬送
札幌老人施設火災 火のまわり早く、崩れおちる室内

北方領土問題で協議加速迫る(産経新聞)
<普天間移設>北沢防衛相が沖縄知事に政府検討案説明か(毎日新聞)
服役中の男に死刑求刑=薬局経営女性の強盗殺人−大阪地裁(時事通信)
拉致担当相が黄氏と面会、北の情勢聞き取りか(読売新聞)
自民党、舛添氏に参院選の選対本部長代理を要請へ(産経新聞)
[PR]
# by dczdblrkqp | 2010-04-06 01:11
 天皇、皇后両陛下は25日、京都市東山区の泉涌寺(せんにゅうじ)に隣接する東山天皇陵「月輪陵(つきのわのみささぎ)」を拝礼した。その後、両陛下は泉涌寺の霊明殿を拝礼した。東山天皇(1675〜1709)は第113代天皇。

<常磐道引きずり死>運転過失致死罪で男有罪 水戸地裁判決(毎日新聞)
築地移転 中断回避へ 都予算案 原案可決確実に(産経新聞)
【無名録】14年かけた博士号(産経新聞)
「危険物質投与」容疑で拘束=毒ギョーザ事件の元臨時従業員(時事通信)
再議否決なら原案賛成も=築地移転予算修正で−都議会民主(時事通信)
[PR]
# by dczdblrkqp | 2010-04-01 05:52
 法務省は26日、全国の法務局が2009年中に扱った人権侵犯事件の件数を発表した。

 総数は2万1218件と前年比0・9%減だったが、親族による児童への暴行・虐待が同15・6%増の725件で過去最多となった。同省は「児童を取り巻く環境が悪くなっている」と見ている。

 インターネットを利用した人権侵犯事件も同52・6%の大幅増で786件と、過去最多となった。このうち、個人情報がネット上に勝手に掲載されるなどの「プライバシー侵害」が391件、中傷をネット上に書き込まれるなどの「名誉棄損」が295件だった。

 高齢者や障害者が入所する社会福祉施設での人権侵犯は同19・5%増の153件。そのうち職員によるものが116件と4分の3を占めた。内訳は障害者施設が61件、高齢者施設が40件、児童施設が15件だった。

 法務局が人権侵犯事件として児童虐待の相談を受けた場合、児童相談所に連絡して児童を保護するなどの措置を取る。一方、全国の児童相談所が2008年度に扱った児童虐待件数も、4万2664件と過去最多に上った。

<センバツ>向陽…伝統の左腕擁した古豪 OB前に堂々復活(毎日新聞)
住民名簿作り奨励 市議会が条例可決 箕面(産経新聞)
「政治とカネ、けじめつけてないのが下落要因」前原国交相 閣僚から内閣支持率急落で批判相次ぐ(産経新聞)
国外移設へ首相を説得=社民・福島氏(時事通信)
<河村たかし市長>リコール陣頭指揮 議会対決一段と先鋭化(毎日新聞)
[PR]
# by dczdblrkqp | 2010-03-30 02:43
 気象庁は25日、4〜6月の3カ月予報を発表した。太平洋赤道域東部の海面水温が高くなるエルニーニョ現象などの影響で、平年に比べ気温が高い地域が多い見込み。ただし、4〜5月は寒気が入り込むため、北日本を中心に一時的に寒くなると予測。6月の降水量は、北日本から西日本では平年並みか少なめ、沖縄・奄美では平年並みか多めと予想している。各月の天気は次の通り。

 《4月》北日本から西日本では平年同様、晴れの日が多い。沖縄・奄美では平年同様、曇りや雨の日が多い。

 《5月》北日本から西日本では平年同様、晴れの日が多い。沖縄・奄美ではぐずつく時期がある。

 《6月》北日本から西日本では平年同様、曇りや雨の日が多い。沖縄・奄美では平年に比べ曇りや雨の日が多い。

【関連ニュース】
気象庁:天気予報サービスでトラブル
座礁船:岸に接近、自力脱出困難に 北海道石狩湾
無人偵察機:実物大模型を日本初公開 東京・大田の展示場
神戸市:震災再開発事業で初の行政代執行
桜:東京で開花 平年より6日早く…1週間〜10日で満開

挙党体制づくりに全力=自民・谷垣総裁(時事通信)
<東大>2983人が卒業 進む「脱官僚」 高まる外資人気(毎日新聞)
<iPS細胞>疾患には逆効果?脳梗塞マウス、移植後に腫瘍(毎日新聞)
「キャバクラ労組」100人が歌舞伎町をデモ(スポーツ報知)
<鳩山首相>内閣支持率の下落傾向に強い危機感 記者会見で(毎日新聞)
[PR]
# by dczdblrkqp | 2010-03-27 18:14
 【核密約】抄録(4) 

 東郷和彦元外務省条約局長「私は1988年7月から99年8月まで外務省条約局長として勤務しました。まず、60年安保条約改定時の核持ち込みに関する、いわゆる密約問題に関連して、条約局長在任中、およびその後、いかなるかかわりを持ったかをご報告し、次に今回発表されました調査報告について意見を申し述べたいと思います。

 まず、条約局長在任時、日本の安全保障に関する最大の問題は日米ガイドラインに関する周辺事態法の国会審議でした。密約問題は、国会審議で何回か取り上げられましたが、政治的に大きな問題になったことはありませんでした。しかし、この問題は政府が行っている答弁内容と実態との間に大きな乖離(かいり)が生じており、まったく説明不能という事態をあまりに長期に抱え込むことになりかねない。いずれこのままではすまなくなると考え、局長の任期が終わりになるころ、本件が将来、問題化したときに、その任に当たる人たちが問題の本質と、これまでの検討の経過をただちに把握できるようにと考えました。条約局長室にあった資料を整理しました。本件については、前任の条約局長より、ひと束の資料を引き継いでおり、これに条約局長室の中より探した若干の資料を加え、日米安保関連資料を5つの赤い色の箱形のファイルに年代順に収めました。

 第1の箱より、60年安保条約改定時、第2の箱に68年小笠原・沖縄返還交渉時、第3の箱に74年のいわゆるラロック発言への対応、第4の箱に87年のいわゆるライシャワー発言への対応、最後に90年代。それぞれに関連する資料を収めました。その上で、全資料58点のリストを作成し、そのうち最重要資料16点に二重丸を付し、さらに本件についての政策的評価についての意見書を書きました。A4の紙で意見書は3ページ、リストは4ページ。計7ページの文書を2部作成し、1部は赤ファイルの第1のファイルの一番上に入れ、資料とともに後任の条約局長に引き継ぎ、もう1部は封筒に封をして、北米局長にしかるべく交付いたしました。その際、文書作成作業の過程で作成した私物のフロッピーが手元に残ったままになりました。以後、手元に残ったフロッピーは、どなたにもお見せすることなく、この問題についても外務省在職中、かかわることはないままに2002年、外務省を退官し、その後、この問題に大きな関心を寄せないままに歳月が過ぎました。

 しかしながら、昨年5月、4名の元外務次官が核持ち込みに関する非公式了解が存在していたという趣旨の発言を匿名で話したという報道に接しました。4名の次官の発言は、そろそろこの問題を明らかにしなければならない時期にきたのではないか、と考えさせるものがありました。そこでこのときから、アメリカの発表資料、わが国における各種報道などを勉強し直し、8月以降、いくつかの記事をメディアに発表しました。以上の経緯をへて、昨年12月4日、有識者委員会より本件に関する見解を聴取されました。よって私は、フロッピーの中にあった7ページ文書を委員会に提出し、これに関し、私が承知するすべてを詳細にお話ししました。退官後、その扱いに苦慮してまいりました。7ページ資料を有識者委員会という場を通じ、外務省、日本国民、そして歴史に対してお返しすることができたと考えています。

 次に、今般発表された調査報告についての意見を5点述べたいと思います。

 第1に、発表された資料の中には、赤ファイルの中核をなしていたと記憶する非常に貴重な文書が含まれておりました。その主要なものを読み、私はこの問題についてこれまで大筋何が起きていたのかということについては理解できるようになったと考えます。

 第2に、それでは何が起きたのか。この点につきましては、1968年1月27日付の東郷文彦北米局長が記した小笠原への出張の当時、機中での牛場次官、ジョンソン大使、東郷局長の懇談記録が大要を語っていると思います。この文書は赤ファイルの中で非常に印象に残っていたものですが、第1ページの欄外の書き込みの記録はなく、したがって、歴代の次官が書き込みをする前のもののコピーが条約局長室にあったと思います。この文書により、3つの段階で、すなわち60年安保条約改定時のとき、核持ち込みにつき、日米の間に認識の差があったこと。次に63年、ライシャワー大使より大平正芳外務大臣にこの点について問題提起がなされたけれども、日本側で明確な意思統一にいたらなかったこと。そして最後に、68年、機中での話し合い以降、本件を深追いしないという方針が固められ、それが実に今日まで続いたという経緯が明らかになったと考えます。

 第3に、それでは当時の政治家、外務省の人たちが、そういう処理でよいとして、安閑としていたのか。今回公開された文書は決してそうではなかった経緯を示していると思います。赤ファイル作成当時、74年のラロック発言の後、約1カ月にわたり、松永信雄条約局長が作成した一連の文書の原義が強い印象に残っておりました。今回、その一部が公開され、松永局長は問題の放置は重大な政治不信、国内政治の混乱を招くとし、事態の打開のために、いわゆる非核二・五原則への転換を提言。これが田中総理の発言案と説明資料の紙になっていた経緯が明確に読み取れます。実現こそしませんでしたが、当時の政治家、官僚ともに、事態の打開のために、必死の努力をしたことを認識できるものと思います。

 第4に、以上の事態に対する総括ですが、問題の本質は日本の安全保障であると思います。冷戦時代、同盟国米国は対ソ抑止の中核として、NCND、すなわち艦船上の核兵器がどこにあるかを明言しない戦略をとっておりました。他方、2つの原爆の投下を受けた日本国民は、いかなる核兵器も持ち込ませないという強烈な国民感情を持っていました。この2つの立場は絶対に両立しません。その不可能のぎりぎりの中で、事前協議制度と、お互いが深追いしないという共通の立場を通じ、わが国の安全保障が追求されました。結果として冷戦時代、日本の安全保障は完全に担保され、日本は米国をおそれさせる一大経済発展を成し遂げたのだと思います。しかし、そこに政府と国民との大きな乖離が生じてしまいました。冷戦終了後20年、今回ようやく、その乖離をとめられたと思います。

 第5に、今後どうすべきか。冷戦終了とともに、91年以降、米国は核兵器の艦船への搭載を原則やめました。したがって、現時点では非核三原則を唱えても、日本の安全保障は損なわれません。しかし、今後については何らかの理由で米国が艦船搭載核兵器について、NCND政策に戻るかもしれません。私は万一、そのような事態になったら、海上への持ち込みは認めるという非核二・五原則に立つことが最善と考えます。

 いずれにしましても、今後は少数の政治家と官僚だけではなく、国民レベルで真剣に議論し、成熟した安保政策を導いてほしい。心から願うものであります。

 最後に、文書管理についてですが、赤ファイルに収めた文書すべてが今回、発表されたわけではありません。有識者委員会は当然あるべき文書が欠落し、一部の文書が廃棄された可能性があると指摘しました。もし、それが本当なら、外務省は文書管理の実態と今後の対応について、きちんと向かい合ってほしいと願うものであります」

【関連記事】
核密約文書後任に引き継ぎ、情報公開法時意図的破棄を示唆 東郷元条約局長
日米核密約証言の村田氏「密約は当然。非核三原則も廃止すべきだ」
村田良平氏死去 元駐米大使、日米の核密約について証言
核密約を追認?否定? 鳩山政権の「軽さ」象徴
岡田外相がゲーツ米国防長官と会談へ

受け入れ拒否が大幅減=救急搬送で妊婦・新生児−総務省消防庁(時事通信)
小1生の母親「学校に慣れるか不安」76%(産経新聞)
使用済みトンネルをワインセラーに有効利用 神戸みのりの公社(産経新聞)
<雑記帳>メタボ「月光仮面」が日光PR(毎日新聞)
核密約資料、後任に引き継ぎ=衆院外務委の参考人質疑で東郷氏(時事通信)
[PR]
# by dczdblrkqp | 2010-03-26 11:40